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横浜地方裁判所 平成5年(ワ)4555号 判決

原告

鈴木花菜子

被告

迫田隆志

主文

一  被告は、原告に対し、二一三二万九六八〇円及び内一九三二万九六八〇円に対する平成五年一二月二五日から、内二〇〇万円に対するこの判決言渡しの翌日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  右一は、仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

(一)  被告は、原告に対し、二二〇〇万円及び内二〇〇〇万円に対する訴状送達の翌日から、内二〇〇万円に対する本訴訟第一審判決言渡しの翌日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  右(一)につき、仮執行宣言

2  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

二  当事者の主張

1  請求原因

(一)  交通事故の発生

平成三年六月一五日午後四時四五分ころ、神奈川県大和市福田四四一七番地先市道において、被告の運転する普通乗用自動車(横浜七八や八六八七。以下「被告車」という。)が、子供用自転車に乗つていた原告(当時、九歳)に衝突し、原告は脳挫傷等の重傷を負つた。

(二)  責任原因

本件事故は、被告が制限速度を二〇キロメートルも超える時速で、かつ前方を十分に注意せず、漫然と被告車を走行させた過失により発生したものであるから、被告は、民法七〇九条に基づく損害賠償責任がある。

(三)  損害

本件事故による原告の損害は、次のとおり合計二二三〇万円である。

(1) 治療費(立替分) 一五万九六二〇円

(2) 入院付添費 二〇万円

一日当たり五〇〇〇円の割合による四〇日分である。

(3) 入院雑費 九万七五〇〇円

一日当たり一三〇〇円の割合による七五日分である。

(4) 通院付添費 三万円

一日当たり二五〇〇円の割合による一二日分である。

(5) 通院交通費 二〇万八二〇〇円

(6) 傷害慰藉料 一八〇万円

後記後遺傷害の症状固定に至るまでに入院七五日、通院約二年を要したことを考慮すると、右の金額が相当である。

(7) 逸失利益 一二〇一万二〇三三円

原告には、本件事故による傷害のため、自動車損害賠償保障法施行令別表所定の後遺障害等級九級一〇号「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」に該当する後遺障害が残つた(なお、この点は、いわゆる事前認定手続において認定された。)。

原告は、症状固定当時一一歳の女子であるから、右後遺障害による逸失利益は、次の計算により一二〇一万二〇三三円となる。

二二万一五〇〇円(女子の全年齢平均月額収入)×一二(月)×〇・三五(労働能力喪失率)×一二・九一二(一一歳未満の者に適用するライプニツツ係数)=一二〇一万二〇三三円

(8) 後遺症慰藉料 五七九万二六四七円

原告の後遺障害は九級であるから、右の金額が相当である。

(9) 弁護士費用 二〇〇万円

(四)  損害の填補

原告は、損害の填補として三〇万円の支払を受けた。したがつて、原告の残損害額は二二〇〇万円となる。

(五)  よつて、原告は、本件事故による損害賠償として、被告に対し、二二〇〇万円及び内二〇〇〇万円に対する訴状送達の翌日から、内二〇〇万円に対する本訴訟第一審判決言渡しの翌日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

2  請求原因に対する答弁

(一)  請求原因(一)は認める。

(二)  同(三)は、原告が九級一〇号の後遺障害認定を受けたことは認め、その余は争う。(6)の傷害慰藉料は一二〇万円が相当である。(7)の逸失利益は、原告の年齢及び病状に照らすと、相当期間における機能回復も十分期待できるから、労働能力喪失率は三〇パーセント、期間は二〇年とするのが相当であり、七〇六万二五七一円(その計算式は、二二万一五〇〇×一二か月×〇・三×八・八五七)が相当である。(8)の後遺症慰藉料は三三〇万円が相当である。

(三)  同(四)は認める。

3  被告の主張

(一)  過失相殺

(1) 本件事故現場は、被告車が走行していた幅員八・五メートルの二車線道路(以下「甲道路」という。)に、被告車進行右方向からの幅員五・八メートルの道路(以下「乙道路」という。)が斜めに交わる丁字型交差点(以下「本件交差点」という。)であり、原告は、自転車に乗つて乙道路から右交差点に進入し、甲道路を横断しようとして本件事故に遭つたものである。

(2) 本件交差点には信号機も横断歩道もなく、かつ甲道路は幅員八・五メートルの二車線道路で車両の通行も通常量の道路であるだけでなく、乙道路方向からの本件交差点での左右の見通し状況は不良であるから、原告進行方向から自転車で本件交差点に進入して甲道路を横断することには危険が予測される。したがつて、そのような横断は回避すべきであり、仮に、やむを得ず自転車で横断しようとする場合は、一旦下車して見通しのよい場所において甲道路の左右について進行車両がないことを十分確認し、余裕をもつて横断できる状況下で横断すべきである。

(3) ところが、原告は、本件交差点に進入するに際し、一旦下車して甲道路の左右の安全を確認することなくそのまま甲道路内に進行し、被告車が進行してくる左方向を確認したのは既に甲道路中央付近にまで達したときである。既に十分交通安全教育を受けているであろう原告の年齢に照らすならば、右のような状況下での本件交差点への自転車に乗つたままでの横断が極めて危険な行為であることは安易の予測し得たはずである。

(4) 以上によれば、本件事故の発生については原告にも過失があり、その割合は二割を下らないから、原告の損害については同割合による過失相殺がなされるべきである。

(二)  損害の填補

被告は、原告の損害について、原告主張の三〇万円のほかに、平成三年七月五日に四万四二〇〇円(南大和病院に対する治療費)、同年九月一一日に一九五万四八三五円(聖マリアンナ病院に対する治療費)、合計一九九万九〇三五円を支払つている。これも原告に生じた損害として計上されるべきである。

4  被告の過失相殺の主張に対する原告の答弁・反論

本件事故現場の状況については概ね認めるが、本件事故現場は、直近に横断歩道がなく、歩行者や自転車に乗つた者が普段よく横断する場所である。また、本件事故の際、原告が一旦下車して左右の確認をしてから車道に出たか否かは、原告が脳に強い打撃を受けたため記憶が全くなく、今となつては不明である。しかし、可能性としては、原告は安全の確認をしてから横断したと考えられる。なぜなら、原告の通学する小学校では、四年生にならないと自転車で道路に出てはいけない規則になつており、原告も四年生になり、学校できちんと安全教育を受け、両親からも十分に安全上の注意を受けて自転車で道路に出るようになつたからである。そして、原告の性格は極めて慎重であり、そのことからも右の推測ができるのである。

右のような事情があるにもかかわらず本件事故が発生したのは、被告の速度違反と前方不注意の程度が非常に大きかつたためにほかならない。当時小学校四年生(九歳)の原告に本件事故発生の責任を問うのは妥当ではない。被告の過失相殺の主張は失当である。

三  証拠関係

記録中の書証目録・証人等目録のとおりである。

理由

一  請求原因(一)の事実は当事者間に争いがなく、同(二)の事実を被告は明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。右各事実によれば、被告は、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告の被つた損害を賠償すべき責任がある。

二  そこで、原告の損害について判断する。

1  成立に争いのない甲第一号証、第三ないし第七号証、証人鈴木留美子の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、原告は、昭和五七年二月一七日生まれの女子で、本件事故当時は九歳で、小学校四年生であつたこと、本件事故により脳挫傷等の傷害を受け、その治療のため、事故当日の平成三年六月一五日から同年八月二八日まで七五日間入院し、退院後平成五年七月一六日まで神奈川県厚木市所在の神奈川リハビリテイーシヨン病院に通院したこと(この間における通院実日数は一一日である。)、右入・通院による治療にもかかわらず、平成五年七月一六日をもつて症状固定と診断され、いわゆる事前認定手続において自動車損害賠償保障法施行令別表所定の後遺障害等級九級一〇号の「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」に該当すると認定された後遺障害が残つたこと、右後遺障害の具体的内容は、「左半身に明らかな麻痺や深部反射亢進もないが、左右を比べた場合、左手指などの動きが右側ほどスムーズでない。脳CT所見として、右レンズ核及び内包部に低吸収域がある(これは、要するに、外傷によつて脳が損傷された状態を示している。)。脳波所見として、徐波の混入が多い(徐波が突発的に、あるいは連続的に出現する場合は、脳腫瘍や脳梗塞あるいは脳外傷などによる脳機能低下部位が存在することを示している。)心理検査所見として、視覚認知面における能力の低下を残している」旨のものであること、そして、原告には、右後遺障害のために、事故前と比べ、身体面・精神面において、運動能力の低下、歩行姿勢が、左肩が下がり、顎が前に出て、尻が後ろに突き出るという不自然なものになつていること、左ひじが曲がり、手首から先がダラリと下がるようになりがちで、いろいろなことを右手だけで処理しようとすること、集中力がなくなり、学習や作業を長時間持続することができなくなつたこと等の現象が現れていること、以上の事実が認められる。この認定に反する証拠はない。

2  右1の事実関係に基づいて、原告主張の各損害を順次検討すると、次のとおりである。

(一)  治療費(立替分)

原告は、治療費(立替分)として一五万九六二〇円を主張するが、いつどの病院に支払つたものか、その明細を明らかにしようとしないし、同金額の出捐を窺わせるべき証拠も全く存しない。これを損害と認めることはできない。

(二)  入院付添費

原告の受傷内容及び年齢等を考えると、その入院中に両親等の付添いを必要としたであろうことは推認に難くなく、原告主張の入院付添費二〇万円は、これを損害と認めるのが相当である。

(三)  入院雑費

原告が入院中諸雑費を要したであろうことは推認に難くなく、原告主張の入院雑費九万七五〇〇円は、これを損害と認めるのが相当である。

(四)  通院付添費・通院交通費

原告は厚木市所在の神奈川リハビリテイーシヨン病院に一一日間通院しているところ、その受傷内容及び年齢等を考えると、右通院に当たつて両親等の付添いを必要としたであろうことは推認に難くない。したがつて、原告の主張するように、一日当たり二五〇〇円の割合による一一日分の通院付添費として二万七五〇〇円を損害として認めるのが相当である。しかし、通院交通費は、原告の肩書住所(神奈川県大和市)を考えると、一定の通院交通費を必要としたであろうことは推認に難くないが、原告は、主張の金額の所以について何らの主張・立証をしようとせず、具体的金額を窺わせる証拠も全く存しないから、これを損害として認定することはできない。

(五)  傷害慰藉料

原告の傷害の内容・程度、入・通院期間及び通院実日数等に鑑みると、一五〇万円をもつて相当と認める。

(六)  逸失利益

原告の年齢・性別、後遺障害の内容・程度等を勘案すると、原告の後遺障害による逸失利益は、賃金センサス平成四年第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計、女子労働者全年齢平均年収額三〇九万三〇〇〇円を基礎とし、労働能力低下の程度は三五パーセント、労働能力喪失期間は一般に稼働可能年齢と解されている一八歳から六七歳までの四九年間とし、中間利息の控除についてライプニツツ式を適用してこれを算定するのが相当であり、次の計算のとおり、一三九七万八一〇二円と認められる。

三〇九万三〇〇〇円(年収額)×〇・三五(労働能力喪失率)×一二・九一二二(六七年から症状固定時の年齢一一年を差し引いた五六年に対応するライプニツツ係数一八・六九八五から、就労の始期である一八年から右の一一年を差し引いた七年に対応するライプニツツ係数五・七八六三を差し引いたもの)=一三九七万八一〇二円(円未満、切り捨て)

したがつて、右金額の範囲内である原告主張の一二〇一万二〇三三円をもつて逸失利益と認めるのが相当である。

(七)  後遺症慰藉料

原告の年齢・性別、後遺傷害の内容・程度、前記認定のそれによつて日常生活上現れる現象等を総合すると、原告主張の五七九万二六四七円を下回ることはないものと認められるから、同金額をもつて後遺症慰藉料と認めるのが相当である。

(八)  弁護士費用

本件事故と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は二〇〇万円をもつて相当と認める。

(九)  以上によれば、原告の損害は合計二一六二万九六八〇円である。

三  被告の主張について判断する。

1  過失相殺について

(一)  成立に争いのない甲第二号証、乙第一号証、前掲証人鈴木の証言、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 本件事故現場の場所的状況は、概ね、別紙「交通事故現場見取図」(以下「見取図」という。)のとおりであり、本件事故現場は、市街地を走る車道幅員八・五メートルの道路(甲道路)に、車道幅員五・八メートルの道路(乙道路)が斜めに交わるやや変形の丁字型交差点(本件交差点)である。信号機による交通整理は行われておらず、横断歩道も設置されていない。甲道路の最高速度は、時速四〇キロメートルと規制されている。甲道路から乙道路方向への見通しは良いが、乙道路からの右交差点入口付近における甲道路左右の見通しは良くない。

(2) 被告は、甲道路を見取図の「上和田方面」に向かつて、制限速度を二〇キロメートル超える時速六〇キロメートルの速度で被告車を走行させ、本件交差点に差しかかつた。被告車が見取図の〈2〉地点に至つたとき、助手席に同乗していた訴外石井佐和子(被告の勤め先会社の同僚)は、右前方の乙道路から自転車に乗つた原告が地点の辺りを普通のスピードで甲道路を横断しようとしているのを認め、「あの子大丈夫かな」といつた声を出した。そのとき、右石井には、原告がスピードを少し緩め、ちらつと被告車の方を見たものの、被告車が停まつてくれるのではないかと思つて、そのまま甲道路に出てきたように見えた。被告はそれまでもう少し手前を見ていたため、右の声を聞いて初めて、進路前方に甲道路を自転車に乗つて横断しようとしている原告が〈ア〉地点にいるのに気づき、危険を感じてすぐ〈3〉地点の辺りで急ブレーキをかけたが、間に合わず、〈×〉地点で被告車が自転車に乗つて甲道路を横断中の原告に衝突してこれを跳ね飛ばした。なお、被告は、本件事故当日、勤めていた会社のレクレエーシヨンのバーベキユー・パーテイーがあり、多少の飲酒をしての帰りであつた。

(3) 被告は、本件事故の原因が自己の前方不注意にあること、また、被告車の速度が制限速度を二〇キロメートルも超えるものでなければ、原告との衝突を避けられたことを自認している。

以上のとおり認められる。この認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  右事実に基づいて考えると、被告が原告にも過失があるとして縷々主張する点には頷ける面がある。原告は、ともあれ甲道路の中央に近いところで直進中の被告車と衝突しているのであり、その年齢を勘案しても、本件交差点のような、信号機も横断歩道もない道路を自転車に乗つて横断しようとする者として、当然に払うべき注意を払わなかつた謗りを免れない。しかしながら、本件事故は、被告がごく普通に前方を注視し、制限速度を二〇キロメートルも超えて被告車を走行させなければ、これを避けるのは極めて容易であつたことが明らかであり、本件のような場所的状況におけるこの種事案についての一般的過失割合認定基準(基本は自転車側の過失三〇パーセントであり、本件の場合に即していうと、その減算要素として、幼児・老人等一〇パーセント、四輪車側の一五キロメートル以上の制限速度違反など著しい過失一〇パーセント等が挙げられている。)にも照らすならば、原告の右のような落ち度は、これを過失相殺の場面で斟酌しなければならない過失とまで評価するのは相当ではないというべきである。

したがつて、被告の過失相殺の主張は採用しない。

2  損害の填補について

原告が損害の填補として三〇万円の支払を受けていることは当事者間に争いがないから、これを原告の前記損害額二一六二万九六八〇円から差し引くべきである。したがつて、原告の残損害額は二一三二万九六八〇円となる。なお、被告は、右のほかに合計一九九万九〇三五円の治療費を支払つていると主張するが、それが前記認定の原告の損害額に含まれていないことは明らかであるから、これを原告の右の損害額から差し引くべき理由はない。

四  以上の次第であるから、被告は、本件事故による損害賠償として、原告に対し、二一三二万九六八〇円及びこの内の弁護士費用に係る分を除く一九三二万九六八〇円に対する訴状送達の翌日である平成五年一二月二五日から、弁護士費用に係る二〇〇万円に対するこの判決言渡しの翌日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、この義務の履行を求める限度において原告の本訴請求は理由があり、その余は失当である。

よつて、民事訴訟法八九条、九二条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 根本眞)

交通事故現場見取図

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